FC2ブログ
091234567891011121314151617181920212223242526272829303111

category :京阪電車

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

奏でろ!吊掛けとカルダンのハーモニー!                 京阪1700系 ・1800系 三扉仕様 一般車化後 3種混結編成

DSCF5536_convert_20180216211703.jpg
みなさまこんにちは。
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
昨年末は作品制作に追われ、書こうとしていた年末記事は中止にさせていただいてしまいました(泣)
今年ものんびり活動していくつもりですので、どうぞよろしくお願いいたします。

さて、昨年の作品を思い返してみますと、
春:京阪600系
夏:名鉄モ510形
秋:京阪1900系
と珍しく私鉄続きでした。
1900系完成後、来るサークル年会向けの冬ネタを何にすべきか考えていると、
1900系をタネとして、1900系と並べられる一般車をつくりたいと思えてきました。
また1900系のときに組み立てづらさがあり、その改善を目的とした試作を兼ね、
1700 ・1800系を作ろうと、気の赴くままに制作を始めたのでした。
このとき地獄の門を開けてしまったことを知る由もありませんでした…(フラグ)


■はじめに
今回の記事を全て編集し終えてまず思ったことは…

長すぎる!!

ので、もっと簡単に解説をしたHP版作品記事も合わせてご覧ください。

地味形式を深く知っていただきたく書きすぎてしまいました。
京阪の特急の歴史と共に1700系、1800系を学びたい方はこのままお進みください。


■実車解説
そもそも1700系って? 1800系って? なにが違うの? 1900系とどう違うの?
など、京阪好きの方以外はよくわからない車両だと思われますので、ここでまずは実車について
知っていただこうと思います。

-ここは読まなくても大丈夫ですが、読むとさらに理解できるゾーンです-
時代背景
DSCF5539_convert_20180216211747.jpg
時は戦前…
京阪線は現在以上に急カーブが多く、また併用軌道区間もあり、高速運転での安全運行は現実離れ
しているとされていました。
そこで当時第一次世界大戦による好景気により、経営が順調に推移していた京阪電鉄は、淀川を挟んだ
対岸に新京阪線(現・阪急京都線)を新会社・新京阪鉄道を設立するとともに敷設しました。
(しかしこの壮大な計画の下に経営拡大したため、過大な資金調達が原因で経営危機に直面し、開業前
の1930年に京阪電鉄に合併されます。
夢が大きすぎてお金がなくなるところは私とよく似ています)
ここで登場するのは名車P-6ことデイ100形です。
省線には流電モハ52系が登場、京阪間では華々しくも熱い競争が始まりました。
京阪線も負けずに軌道改良や複々高架線化などを実施、流電1000系グループによる特急運転
などをしましたが、時代は戦時体制を迎え、特急は贅沢とされ運行中止を余儀なくされてしまいました。
戦時体制では陸運統制令により阪神急行電鉄との合併を強いられ、新会社・京阪神急行になりま
した。
1945年終戦、1949年には京阪神急行から分離独立、京阪電気鉄道として新発足したのでした。
しかし、経営を傾けてまで手塩にかけ育ててきた新京阪線は残すことを強いられ、新生・京阪電気鉄道
の路線図に新京阪線とそれに繋がる支線の姿はありませんでした。

新発足から9か月した1950年9月1日、社内での特急復活の機運が高まり実現、特別整備した
1000系が先頭の「特急」マークも誇らしげに走り出したのでした。
当時は朝夕のそれぞれ2本体制でしたが、これが大人気を博しました。
しかし対岸では、1949年に復活した国鉄急行に湘南型モハ80系が投入され、さらに京阪神急行
(現・京阪京都線)でもデイ100形を使用したノンストップ特急が復活しました。
対する京阪は軌道強化や変電所強化工事の最中で、スピードでの対抗はできない状況でした。

そんな中1951年、大人気の特急終日運転化と新型特急車のデビューを目玉としたダイヤ改正が
4月2日に行われました。


-ここから本題-
1700系
DSCF5547_convert_20180216211820.jpg
上記の状況の中で、1951年4月2日、カーマインレッドとマンダリンオレンジの新「京阪特急色」
を纏い登場したのが1700系です。
当時としては一般的な構造の17m級半鋼製車体で、Mc-Tcの京阪初の2両固定編成が採用され
ています。
本系列は京阪史上最後の吊掛け駆動車になりました。

連結間の貫通扉は幅広で両開き扉になっています。
本系列は外観上、運転台寄り妻面付近で屋根の雨樋を一段低く下げてあり、デザイン上のアクセント
となっていますが、これは前面の雨樋取り付け位置が設計当時の一般的な位置であり、側面の高い
雨樋位置と浅い屋根という構成は、車両限界の小さな京阪線で側窓を完全2段上昇式として幕板に
下段もほぼ全て収納可能とし、かつ側窓高さ950mmという条件との両立を図った結果、自ずと決定さ
れたものと言われています。
つまり、この造形は京阪線を取り巻く軌道設備面の制約と、その制約の中で最大限の快適性を得る
ために技術陣が行った工夫がもたらした、機能的かつ合理的な意匠だったのです。
この意匠はその後、同様の側窓構造を備える特急専用車である1800系や1810系のほか、これらと
前後して設計された500型車体更新車にも受け継がれており、1950年代の京阪電車を象徴する
デザインの一つとなっています。
また、本系列では車掌台側窓のみ行き先表示板の交換の便を図って開閉可能な2段上昇式とし、
車掌台側標識灯を幕板に、運転台側標識灯を腰板に取り付けるという、基本的には左右対称ながら
非対称の要素を持つ独特の構成とされているのも特徴です。
(車掌台側標識灯は後に運転台側に倣った腰板位置につけなおしています)
また前照灯は貫通路上部に通常形状の白熱灯具が1灯設置されています。

本系列は7本14両が製造され、朝夕は4連で、、昼間は2連で運転されました。

本系列とともに登場し、中之島線開業までの半世紀以上も続いた、伝統の「京阪特急色」は当時の
新会社の重役がアメリカへ鉄道事情の視察に行った際に、現地の派手な塗色の鉄道やバスを見て
決断したものと言われています。
この塗装については、「当時流行したアロハシャツにちなんで"アロハ特急"との異名がついた」とも
されています。

またこの1700系時代に登場し、現在でも使用されているものがあり、それはみなさんご存じ
「鳩マーク」です。
この鳩マークは一般応募から採用され、1952年に登場しています。

大人気の京阪特急はさらなる成長をし続けます。
1953年5月10日ダイヤ改正により昼間も20分毎運転に、終発は21時に、
さらに翌年には22時台に繰り下げられていきます。
それに伴い1700系は2組が増備され、最終的に9組18両となりました。


1800系
DSCF5549_convert_20180216213913.jpg
そしてこの1953年ダイヤ改正に合わせて登場するのが、1800系新型特急車です。
終戦後、アメリカの最新の鉄道技術が伝わってきます。
当時アメリカでは自家用自動車の普及により、都市間電鉄(インターバーン)は衰退の道を辿っていま
したが、路面電車は防音、防振、急加減速の技術を確立していました。
また軽量化についても1910年代から取り組んでおり、こうした技術の集大成として「PCCカー」を
世に送りだしていました。
日本の車両メーカーも研究開発を進め、国鉄をはじめ大手電鉄では部分的にテストを始めていました。

この当時、1700系が設計されてからの3年の間に、鉄道技術の先進国であるアメリカなどから
駆動装置や制御器、それにブレーキなどの主要機器について様々な新技術が持ち込まれ、また
戦後の航空産業禁止で流入した航空技術者たちが車体設計に関する様々な知見をもたらした影響
もあり、日本の鉄道技術、特に車両設計技術は大変革の時を迎えていました。
そこで京阪は1700系の増備を打ち切り、電機・車両メーカー各社の協力の下、それらの新技術を
盛り込んだ画期的な新型特急車の設計を開始しました。
こうして1953年7月に第1陣が竣工したのが、この1800系です。
第一編成のMc1801には東洋電機製TDカルダン方式を、Mc1802には三菱電機製WN方式を搭載
し登場しています。
本系列は日本初の実用高性能車であったため、新聞などで「和製PCC車」、あるいは「無音電車」
と報じられ、国内の各鉄道事業者や鉄道車両メーカー等から大きな注目を集めました。

ベースは1700系で、外見そのものは基本的に1700系と変わりありません。
まず登場した第一陣はMc-Mcの編成で、以降はMc-Tcとなっています。
それに伴い番号はMc車とTc車でリンクしていませんでした。
また1700系時代、昼間の乗客増時には特別整備を施した1300系を1両増結することで対応して
いましたが、見劣りや乗り心地などの観点から評判が悪かったため、本系列は当時将来の5連化を
考慮し増結車4両が製造されたことが特徴です。
この増結車は編成の前に連結することから、妻面貫通扉が従来の幅広(1300mm)から720mmと
されているほか、運転台を持たないが丸妻・丸屋根構造にされており、増結時のスマートさを
求めたデザインとなっているのが特徴です。

また本系列では京阪特急の代名詞とも呼ばれる「テレビカー」が採用されたことも大きな特徴です。

この結果1700系・1800系は2両固定13本、増結車(1300系含む)7両の33両体制
となり、特急用の1000系流電とともに京阪の特急運用を担うことになりました。
しかし両系列の特急時代は長くは続かず、1956年に製造された18m級車1810系に置き換
えられたのに続き、1810系の増備車と入れ替わる形で1700系が順次、さらに1962~
1963年には1900系に追われ1800系が2扉のままロングシート化され、急行以下の種別
の運用に転じました。
またこの頃に1810系のうち空地ばね台車を装備していなかった中間電動車2両が1800系
に格下げ編入されています。

なお、淀屋橋延伸直前の段階では、両系列は臨時特急への充当の可能性があったことから、
1800系全編成と1700系5本は特急色のままでしたが、1700系4本については2扉
のまま一般色に塗り替えられました。
なお、塗り替えられた4本についても、淀屋橋延伸後に両系列を用いた臨時特急が積極的に
設定されたことから、再び特急色に返り咲いていることを、説明添えさせていただきます。


-ここからモデルの時代の説明に入ります-
一般運用時代と3扉化改造
DSCF5564_convert_20180216212226.jpg
さて、全編成が特急色に返り咲き、その後も円満に…と続けばよいのですが、そうとも行きません
でした。
当時既に初の冷房搭載車2400系が登場しており、臨時特急への起用化が徐々に本格化してい
ました。
そして2400系が本格的に臨時特急に充当されるようになったことを受け、1966~1967年
3扉化、さらに一部車両の運転台撤去が行われ、塗装も一般色となっていきました。
以降はひたすら通勤車として、両系列は脇役へと転じました。
1800系は昇圧対応車2代目1800系(車体は600系)への機器転用のため、1981年、
1982年に、それぞれ7両ずつが廃車、1700系は1983年3月に竣工し6000系第1陣
20両と置き換えられる形で16両が廃車、残る14両も6両が検査期限切れで昇圧工事実施
直前の同年12月1日に運用を終了、それ以外は昇圧前日の12月3日をもって全車が営業
運転を終了、翌日付で14両全車が廃車となり、その後解体されました。


■Bトレとして復活した名脇役
DSCF5562_convert_20180216212110.jpg
今回のモデルは1900系特急車に合わせ、1970年代初頭としました。
編成は以下の通りです。

←京都・三条        大阪・淀屋橋→
1758-1788-1752-1702+1882-1881-1809

運転台を撤去した1700系4連に京都方に1800系3両を増結した本線用7連です。
この編成でポイントとなるのは
・1700系の運転台撤去再現
・1800系Mcは増結車である
・1810系からの格下げ車2両が入る
ところですね。
なお、実際に記録のある編成でないことは事前にご了承くださいませ。
この編成を選んだ理由は以下の通りです。
・1700系側、1800系側でそれぞれの編成記録は実在している点
・実際に近い組成をされた写真を見たことがある点
・ドンピシャの時代の記録がない点
1700系、1800系は編成ごとでは固定だったものの、実際に長編成を組む際
にはさまざまなバリエーションを見せていたことも魅力です。
これもまた模型の楽しみのひとつですから、今回は想定の中での編成にしています。

それでは以下は形式の登場順により、編成ものは京都方から各車の解説に入ります。

Ⅰ,1700系グループ
DSCF5563_convert_20180216212139.jpg

Tc1758
DSCF5572_convert_20180216212425.jpg
1900系のときとは違い、このゴツイ顔にパンタなしというのが特徴です。
パンタやその周辺の配管がないため、大きな前照灯と無線アンテナが目立ちますね。
すっきりした屋根上とは変わり、前面下部にはジャンパ栓を収納する箱とエアーホース
があり、そのギャップにも魅力を感じざるを得ません。
この顔は2回目の制作となりますが、1900系のときよりも標識灯の配置や、窓の位置
が実車に近づいた気がします(笑)

Mo1788
DSCF5571_convert_20180216212400.jpg
運転台が撤去され、スッキリした…というかのっべらぼうになっています。
パンタ周りの配管は、登場時に比べ大変騒がしいものに改造され、まだパイピング慣れ
していない私には厳しい作業でした(滝汗)
本車両は運転台を撤去する前はMc1708を名乗ってましたが、中間車化がなされた際に
他系列の中間車の付番に合わせて80番台に改番されました。

To1752
DSCF5570_convert_20180216212333.jpg
こちらは付随車と化した元制御車ですね。
屋根上、前面ともにスッキリしすぎていて寂しさすら感じます。
なお他系列の付随車も50番台を名乗っていたため改番はされていません。
前照灯、標識灯、前面車番などの前面機器に加え、側面では乗務員室扉横の手摺や
把手の撤去をしています。

Mc1702
DSCF5568_convert_20180216212311.jpg
1700系の京都方先頭を務めるのは制御電動車になります。
運転台撤去車とは異なり、騒がしい配管にさらに前照灯や無線アンテナを設置している
ため屋根上が大変に大変に騒がしくなっています(笑)
1700系は前照灯が通常の円柱型のため、土台も含めると他系列よりもゴツイ印象を
受けますね。


Ⅱ,1800系グループ
DSCF5592_convert_20180216212939.jpg

 a,純正1800系
Mc1809
DSCF5573_convert_20180216212450.jpg
この編成の最も京都方に連結するのはこの車両にしました。
1800系実車解説でちょこっとだけ出てきた増結車タイプになります。
なお4両製造された増結車Mcグループのうち唯一の奇数車ということで、この車両のみ
が京都を向いていることになります。
増結車の特徴は妻面の丸妻・丸屋根です。
今回も前作Mc1914と同じく、1900系セットの中間車用についてくる(?)丸妻パーツを
使用し、屋根は丸屋根を切り継いで制作しています。
前作では丸妻の妻面窓は資料がなかったため他車と同じ段付きタイプと一枚窓タイプ
を1枚ずつ取り付けましたが、1800系については特急時代の妻面の写真があったた
め、今回はその写真に基づいた両側共に一枚窓としてみました。
実際に一般車改造後も仕様は変わらなかったのか、それとも変わっていたのか、
まさに真実は闇の中…というわけです。。。
また本系列から前照灯が砲弾タイプに変更されていますので、編成両端で異なる前照灯
を見ることができます。
スマートな砲弾タイプは次代の1810系まで受け継がれることになります。


 b,1810系格下げグループ
DSCF5578_convert_20180216212631.jpg
このグループは1800系の後継車で18m級車体バージョンである1810系の付随車
として生まれ、仲間たちが1900系に編入される中、空気ばね台車を装備していなか
ったために1800系に格下げ編入された2両の悲運の車両たちです。
両車は1963年に2扉・特急色のままロングシート化とテレビ撤去され、1966年には
3扉・一般色化が行なわれましたが、増設した扉は片開きでした。
なおこの3扉化の際に1900系電動車 1985・1986の電気機器を用いて中間電動車化
され1871・1872に改番されましたが、1967年には1881・1882に再改番
されています。
なお、この際に付番された両番号はそれぞれ2代目となっています。
両車は同じ1810系として生まれましたが、登場時から異なる形態を持ち、最後まで種車の
面影を残していました。

M1881
DSCF5575_convert_20180216212537.jpg
18m級の切妻形状で登場した同車は、登場時は付随車で座席は全席クロスシートだ
ったため、妻面窓は天地方向が狭いタイプでした。
1810系が1900系に編入されるまでは金属ばね台車を履いたまま特急運用に混ぜられて
いましたが、編入の選に漏れ、以降は1800系の仲間として運用されるようになりました。
1900系(1810系編入車含む)のロングシート化の際は、妻面窓の天地方向が短いも
の(付随車)は一般的な大きさ(下辺を250mm下げ)に変更されましたが、同車は変更さ
れることなく「オールクロスシートの特急車」の姿を残していました。
当時の京阪電車は時間帯や需要により編成の長さを加減していましたが、1700系・
1800系で採用された広幅貫通扉は運用の自由度に制限ができてしまうため、1810
系は一般的な狭幅タイプに戻されました。
同車も系列のルールに基づき狭幅だったため、編成同士の中間に挟まれたり、1800系
増結車の次位に連結され運用していました。

M1882
DSCF5576_convert_20180216212600.jpg
1881と同じく18m級切妻仕様の付随車1887号車として登場していますが、こちらは
1810系列で唯一の広幅両開き貫通扉という仕様でした。
前項で1810系は運用の自由度を広げるということから狭幅貫通扉に変更されたと書き
ましたが、同車は1800系の1801-1802の編成の中間車として製造されたため、この
ような唯一無二のかたちとなりました。
しかし1700系、1800系列内であれば編成の自由さを誇った両車の仲間でありながら、こ
の車両のみは1801-1802の編成の中間にしか組み込めないということから稼働率は低く
なってしまっていました。
1962~1963年、1810系の1900系編入が行われた際には、後の1881と共に選に
漏れ1800系に格下げ、時には同じ広幅貫通扉を持つ1700系の中間に挿入されていました。
その後2扉のまま1852号車に改番されましたが、使いづらさは払拭されず稼働率は低いまま
でした。
1966年、1900系 M1985・M1986をT車化して(前作1900系も記事も参照)捻出
した主電動機を移設し電装、M車化、さらに同時に三扉改造と問題の貫通扉の狭幅化
を実施し、1972に改番されました。
以降は1700系・1800系の長編成化には欠かせない車両となり活躍、改番から1年後には、
1900系新造車の付番ルールに従い最終的な車番となる1882に改番されました。

同車もまた1881が妻面窓の改造がなされなかったのと同じように、オールクロスシート時代
のまま天地方向に狭く、また広幅貫通扉時代のままの狭幅窓という極小窓仕様となっていた
ことが特徴で、2両のみの18m級車体車は2種のバリエーションをもつ、それぞれが唯一無二
の存在になりました。
時の新型特急車として生まれ、しかし運命に恵まれなかった2両は、半世紀のときを経て模型
映えする2両として復活を果たしました。


■1700系と1800系の違い
DSCF5590_convert_20180216212908.jpg
一見そっくりな両車、しかし実は違っているんです。
Bトレでも再現できた見分けポイント…まず1つ目は前照灯です。
1700系では一般的な形ともいえる円柱型の前照灯ですが、1800系では砲弾型になっています。
Bトレでは前照灯、無線アンテナ、パンタグラフと、狭い面積にたくさんの機器を載せなければならな
いため、1700系は特にいっぱいいっぱいですね。
逆に前照灯台座がない分1800系では少しばかりすっきりした印象を持ちます。
個人的には1700系のごちゃごちゃ感は好きです(笑)

DSCF5596_convert_20180216213057.jpg
2つ目はベンチレーターです。
1800系では1900系でも使用したメッシュがあるタイプのものと同じでしたが、
1700系はメッシュがないタイプだったため、他車のパーツを改造し取り付けています。
この写真を見ると屋根にもたくさんのバリエーションがあることがわかりますね。


■1700系・1800系をBトレ化する上での解釈
DSCF5594_convert_20180216213037.jpg
今回制作した時代の1700系、1800系の大きな特徴はやはり両開き扉でしょう。
今回のショーティー解釈はその両開き扉を入れる、つまり運転台から中央の扉とその戸袋窓に
お尻の窓を繋ぐものにしました。
両開き扉の両サイドは戸袋となるわけですが、この部分の窓は扉ともかぶりますので埋められて
いたのが特徴です。
しかしここで1つも矛盾が発生します。 それは社紋の配置についてです。
京阪の車両には海川共に、車体を真正面からみた左側の扉の左下に社紋を配置してあります。
つまり今回のショーティー解釈では片面は両開き扉の左下となってしまいます。
ですが両開き扉の両サイドは窓が埋まっているため、窓のない下に社紋があることになってしまい
ます。
社紋があるのは窓の下でもあるため、ここに違和感を感じたのです。
そこで今回は両開き扉の左横には社紋を配置しないことにしました。
これについて、共に京阪に取り組んだメンバー・たくっち氏からは賛同を得るとともに興味深い
見解を示してくれました。
「Bトレは社紋と車番については矛盾が生じることを許容しているんです。小田急一般車は
一つの窓の下に社紋と車番が同時に存在しているんです。でも実車はそうでない。ユーザーによ
っては車番のみを選ぶ人もいるけれど、バンダイや鉄道会社自体は両方をいれる解釈をしてい
るんだ。」
なるほど、つまり両開き扉の左横に社紋を配置しても解釈上の「間違え」にはならないのですね。
つい頭を固く、こういうものだど考えてしまっていましたが、よく考えれば面白い話を聞いた
ものだと感じました。
どこかを省略しなければならないBトレでは、場合によっては矛盾を矛盾としないこともアリなの
だと改めて考えますね。
こうしてもう一度モデルをみると、どちらがよかったのかなぁと思うものです。
余談ですが、今一度こういった基礎的なことを指摘してくれる仲間がいるというのは大変に
ありがたいものだと日々痛感させられますね。

■妻面のバリエーション
DSCF5579_convert_20180216212708.jpg
今作で最も特徴が出るのは妻面でしょうか。
1700系の幅広両開き扉、1800系増結車の狭幅、1881号車のオールクロスシート車仕様妻
窓、1882号車の極小窓、全て1900系セットに入っていた妻面から作っています。
一番目立たない点だからこそ作る、だからこそ実車が伝えられるものだと思って頑張りました。
おかげ様でどの車もお気に入りです。

バリエーションの話からは逸れてしまいますが…
1900系を制作した際に1810系から編入したグループについては妻面の上辺に屋根のカーブに
沿った雨樋があることが確認できたため再現をしました。
そこで1700系や1800系について調べてみると登場時は同様のものがあることが確認できましたが、
一般車化後の写真を見ると明らかに無くなっています。
光の加減なのか…とも考えましたが、曇りの日の写真でも確認できませんでしたし、そもそも晴れの日
であれば角度によっては雨樋の影が確認できるはずでした。
「今回は雨樋がないじゃないかー!」のお声を頂く前に念のため(笑)
こういった改造も京阪らしいですね。


■セクシーだけど困った配管
DSCF5593_convert_20180216213011.jpg
今回の編成の中では電動車は各型式にそれぞれありますので、それぞれの配管を調査しパイピング
するという恐ろしい工程がございました。
1700系に関しては屋根を真上から写した写真がありましたが、そのほかの車両は側面から判断
するしかありませんでした。
1700系は登場時と比べて大変に大変なことになっていることが判明(涙)、1800系はほぼほぼ
(完全に?)1700系と共通となっているようでした。
屋根上機器配置の変更について明確な記述はありませんが、1900系が一般車改造の際に変更
していることから、1700系、1800系も一般車(三扉)化の際に変更したと仮設がたち、ならば
以降共通で使用する車両なら出来る限り共通の仕様にすると考えました。
さて、この仮説は正しいのでしょうか…?(笑)
1810系格下げ車に関しては1900系の3扉化後の一部の車両と一部分が同じようになっている
ことがわかりました。

この配管についてもわかる範囲についてはそのまま表現し、残りの部分は1900系を参考に予測
しての制作となってしまいました。
それにしても1700系、1800系の3本並走部分は難しかったです。
毎度毎度目も当てられないような出来ですが、いつかうまくなることを夢見て頑張ります。。。


■Mc1809とM1882の関係
DSCF5587_convert_20180216212733.jpg

さて、最後に二股を掛けた罪深い1801-1802のお話をしたいと思います(笑)
1800系では4両の増結車がつくられましたが、各車ともに名義上のペアがありました。
実際に増結する際には必ずともこのペアの法則が成り立つわけではありませんが、1801-1802
の編成には唯一の京都方増結用として誕生した1809号車がペアとして製造されています。
しかしこの編成は後にもう一両のペアを作ります。
それが後の1882号車となる1884号車でした。
なぜ車長も違い、さらにいったん編成をバラさなければ連結できない増結車を作ったのか、その
理由は歴史の闇の中といったところなのでしょうが、その答えを実に知りたいものです。
この2両は後に一般車改造され、今回制作の編成のように重複する形で製造された車両同士で
手を繋ぎ快走するシーンがあったそうです。
JTBパブリッシング「京阪電車」では『運命の悪戯』と述べられていますが、まさにその通りですね。
今回はそんな「運命の悪戯」を再現できる編成にしました。


■反省
今回の反省はブログを長く書きすぎたことですかね(おいっ)


次回は4月以降となる予定です。
次作はちゃんと終わらせることが目標です(?)
それではまた。
まだまだ寒い日が続きますので、お体にはお気をつけてお過ごしください。



【参考文献】
・JTBパブリッシング 「京阪電車」
・JTBパブリッシング 「京阪特急」
・Wikipedia 「京阪1700系電車」
・Wikipedia 「京阪1800系電車」
・Wikipedia 「京阪1900系電車」
・他インターネット公開の写真
先人のみなさまの大変貴重な資料、文献の公開に心から感謝し、
僭越ながらここにて御礼を申し仕上げます。


スポンサーサイト

千紫万紅の特急車! 京阪1900系 特急車

DSCF5360_convert_20171027225727.jpg

みなさま、おはこんばんにちは。
これまたご無沙汰となってしまいました。
近頃は一気に冷え込み、秋らしくなってきましたね。
私の周りでは早くも風邪をひく人がちらほらしてきました。
私も含め、油断せず体調管理は万全にしなければなりませんね。
当ブログにお越しいただいた皆様もどうぞご自愛ください。


■秋は紅葉を見に行きたいね。京阪特急で。
DSCF5375_convert_20171027225916.jpg

秋といえばみなさまは何を思い浮かべるでしょうか?
おいしい食べ物? それとも運動会? ハロウィン?
私は一番に紅葉が浮かびます。
気持ち良く晴れ渡った青空の下に綺麗に色づいた木々たち。
暑さも和らいで、ついついお出かけしたくなってしまいます。
最近は紅葉の時期が短いのか、ただ休みが合わないのか見に行けていません。
今年こそはいきたいなぁ。 

こんな時期にとてもよく似合う電車があると思いませんか?
マンダリンオレンジとカーマインレッドのツートンカラーの特急電車で
紅葉でも見に行きたくなりませんか?
ぎょろぎょろした目玉の伝説の特急車、今でも絶大な支持を集める特急車、
…そう! 1900系に会いたくなりませんか!?
今回はそんな1900系のお話です。


■京阪念願の夢と共に登場した特急車
DSCF5373_convert_20171027225849.jpg
1963年4月15日、この日京阪電鉄は天満橋~淀屋橋間を延長、
創業以来半世紀の夢を叶えたのでした。
そして、この記念すべき日のために揃えられたのが、この1900系です。
揃えらえた、という中途半端な表現なのは、本系列が純新造車28両と、
既に1956~1958年に登場していた1810系からの編入車17両の2グループから
構成されていたからです。
(JTBパブリッシング「京阪電車」の表現が最も正しいと感じたため、1900系の項の
表現をそのまま使用させていただきました。)
京阪の特急用としては1700系、1800系(1810系を含む)に続いて3代目になります。
当初は総勢41両でしたが、1964年に6連化と電動車比率を上げるため
中間電動車を4両増備、最終的に45両となりました。
乗客からの評判も上々、さらにこの常に異形式併結をしているような編成が
ファンからも人気を博し、1900系は時の車輛となりました。
しかし1969年には関西民鉄初の冷房搭載車2400系がデビュー、
続いてこちらも冷房搭載の5000系がデビュー、1900系は特急車なのに非冷房というこ
とからサービス上の問題が囁かれるようになりました。
そこで京阪は1971年夏の特急15分間隔化の増発に伴い、不足する特急車を補うため
新型特急で冷房搭載の3000系を投入しました。
サービス観点から1900系は乗客に嫌われ、始発駅では1900系の特急を見送る客まで
出始める程でした。
そこで京阪は急ピッチで3000系を増備、それに伴い1900系は1972~1974年にかけて
一般車改造を受け、特急運用からは離脱していきました。
このあとも様々な生涯を送る1900系ですが、このあとのことは一般車化された1900系
を制作した際に書こうと思います。


■Bトレで制作する1900系
DSCF5393_convert_20171027230112.jpg

今回の時代設定は1971年です。
この頃の1900系は以下のような改良が施されていました。
Ⅰ、列車無線使用開始に伴うアンテナの設置
Ⅱ、3000系導入に伴う成田リコ式ステンレス幌への交換と幌吊の撤去
Ⅲ、編入車前照灯の2灯式シールドビームへの交換(特急時代は全車に及ばず)
Ⅳ、屋根のグレー塗装化
Ⅴ、中間電動車の電装解除(1985、1986→1958、1959)

なお、Ⅱ項のステンレス幌への交換は、異常時に3000系と併結した際に使用するものとして
交換が実施されましたが、訓練も含めて一度も3000系と併結することはありませんでした。

編成は以下の通りで、1971年8月15日に記録されたものです。
←京都・三条 大阪・淀屋橋→
1909-1984-1914-1913-1923-1959-1924
この頃3000系に合わせて一部の1900系は7連で運行していました。
なおこの記録が私が所有する格下げ改造直前の最後の記録となっています。


今回種として使用したのはスルッと関西から限定発売されたBトレ1900系です。
しかし以下の観点から一体化改造や、前面窓を鉄コレから移植するなど、
かなり複雑な改造となりました。 下へは今回制作した各型式の問題点を書き記すこ
ととしますが、個人的な観点のためあたたかな目で見守るとともに反乱は起こさない
ようにお願いいたします(笑)。
なお、製品の1900系はそもそも冷房改造後の1919Fを作るための商品であり、
そこにおまけパーツとして非冷房時代の顔や屋根をつけてくださったバンダイ様へは
感謝しかありませんし、否定するつもりはございませんので、その点はご理解頂けれ
ばと思います。
1900系として楽しむには大変に優秀な金型かと思っております。

A、編入車Mc
DSCF5398_convert_20171027230217.jpg
a、前面窓が天地方向に短い
b、a理由により標識灯の位置が高い
c、乗務員扉付近の雨樋の曲がりの再現が控えめ
d、c理由により前面オデコ部が広くなってしまっている
e、前面幌の取り付け穴開口のため、前面窓が欠けている
f、成田リコ式幌パーツを取り付けた際に、幌取り付け穴を隠し切れない
g、3扉化後の再現のため特急時代の戸袋窓の配置と異なっている
h、妻面昇降手摺を設置する際に側面パーツを跨いでまう
i 、製品のベンチレーター配置ではアンテナの設置位置に矛盾が生じる
j 、大阪向き妻面しか付属していない

B、新造車Mc
DSCF5395_convert_20171027230138.jpg
A-a、b、e、f、g、h、i 、j に同じ

C、新造中間車
DSCF5396_convert_20171027230157.jpg
A-h、i、j に同じ

各項目を克服するにあたり、まずは一体化が前提となり、さらに一体化に伴い
窓の白化を考慮し前面窓はくり抜き鉄コレ製品のものに取り換え、標識灯は
パーツに交換など、内容はかなりヘビーなものになってしまいました。
秋は簡単なネタとするつもりが、年末向け級の今までの経験総動員のものになってし
まいました。。。


■各型式を見てみよう
DSCF5379_convert_20171027230010.jpg

前置きが大変長くなりましたが、ここから各型式の解説へと入ります。
なお、監督官庁への届け出が「型」から「形」へ変更されたのは1986年で、
当形式はそれ以前の登場車種ですので、今回は型の字を使用します。

【これ以下へ進まれる勇者のみなさまへ】
当形式は登場から既に半世紀以上、今回制作年代についても46年が経過
しており、当時の人気車種であったことから、同年代車両と比べるとかなり多くの
記録がでてきてはいますが、それでも模型製作にはかなりの考察と水量を要しました。
今回の制作について、競作のたくっち氏と数十冊の本を数時間にわたり眺め、論議
し出た答えを元に制作をいたしました。
そのため一部実車と異なってしまった部分があるとは存じますが、温かい目で見守
てくださるようお願いをいたします。笑
なお、間違っている点について、正当のものをご存じの方はコメント欄にてご教授く
ださればと思います。
また万が一当ブログの考察を参考に1900系を制作される方はいないとは思いますが、
もしももしももしもいらっしゃるのでしたら、一言コメントを頂ければと思います。

それでは勇者のみなさまお待たせいたしました。
共に1900系の世界へと進みましょう。笑

以下の解説は上方(京都方)より進みます。
また編入車には(編)、新造車には(新)と入れることとします。

☆Mc1909 (編)
DSCF5401_convert_20171027230240.jpg
今回の編成の京都方先頭を務めるは1810系からの編入車グループMc1909です。
ウェイトの位置がズレて運転台部から顔を出してしまっている状態で写真を撮って
しまったのが惜しいですね。笑
当車両は既に前照灯が交換され、他社では見られない特殊なものを装備している
ことがお分かりいただけるかと思います。
製品では前面パーツに頭についていた前照灯をいったん切り離し、一体化後に取り
付けなおしています。
またレンズ部をクリアー化することでリアル感を得ることができました。

前述の理由により雨樋関係は全てつけなおしています。
乗務員扉上部の曲がり具合は苦労しましたが、オデコの狭さと共に実車に近づいた
ため満足しています。
京都方にくる車両はジャンパ栓がおとなしくスッキリした印象を持ちますね。


☆M1984 (新)
DSCF5402_convert_20171027230258.jpg
2両目は新造車の中間電動車が入ります。
中間付随車は編入、新造共にいますが、中間電動車は全て新造車で統一されているの
が特徴です。
またM1985、M1986が電装解除されてしまったため、たった4両の少数派にとどまっています。
中間電動車は台車に取り付けられているモーターの検査のため、車両両端がロングシートと
なっています。そのため妻面窓も側面とほぼ同じ大きさとなっています。
これは制御電装車(Mc)でも同じことです。
パンタ取り付け側の大阪方には入換用の簡易運転台があり、それに伴い前照灯が取り付け
られています。
この車両は妻面窓を一番初めに入れた車両ですが、若干大きく開口してしまったため、窓付近
が汚くなってしまったことが反省点です。


☆Mc1914 (編)
DSCF5403_convert_20171027230322.jpg
3両目はテレビカーとなった1914です。
屋根上に装備されたアンテナと側面の大きなロゴも特徴ですが、この車両には更に大きな個体
差があります。
DSCF5412_convert_20171027230734.jpg
左が1909、右が1914です。
1914は連結面も丸妻でした。
これは1810系時代の京阪における風潮に由来しています。
1810系のうち、1815、1816号車は増結用の両運転台車とされましたが、
更に続けて第二次量産で1888、1889、第三次量産で1890、1891を増結用車両と
して製造し、このうち1888と1891は丸妻でした。
この頃の京阪では増結時のスマートさを求め、1800系以降の増結用車両は基本
的に連結面側も丸妻としていました。
(上記1889と1890は切妻でした。)
そのため編入の際に増結用という任を解かれたあとも名残として、この丸妻が残
ってしまったのです。
なお、1988は後に唯一の制御車Tc1950に、1891はこの1914となります。
今回製品には編入車を後に中間化改造した車両を組み立てられるように、丸妻(元運
転台)仕様のものが付属していましたので、こちらを使用しています。
なお、一般化後で昇圧前に、編入車の運転台側窓はHゴム固定に改められるため、
今回のパーツもHゴム仕様となっています。
今回の制作の際にはHゴム窓を一般の妻面と同じ大きい窓に拡大しています。

またこの1914は特急時代にシールドビーム砲弾型前照灯に交換されなかったグループの1両
です。
当時は未交換車両のほうが人気があったのでしょうか。
ギラギラ輝くステンレス幌とのギャップがまた良い味を出していますね。


☆1913/1923 (新)
DSCF5404_convert_20171027230350.jpg
4,5両目には新造車の制御電装車が繋がれます。
1923はテレビカーです。
見た目こそ新しさを感じますが、1810系編入車を踏襲したため当時の水準からすると、
新造高速特急用車両としてはいささか物足りないものがあったと伝えられています。
編入車と比べると、ノーシル・ノーヘッダーのため側面がスッキリし、また前照灯も2000
系に始まる左右2灯に分かれたスタイルに変更されたほか、運転台下部のステンレス製
のバンパーが大きな特徴となっています。
なお、このバンパーは装飾的な意味でのもので、名鉄パノラマカーのような伝説は残
していません。笑
製品通りの戸袋窓の位置だと、特急時代とは異なってしまいまうので、拡大・縮小を
行い、この時代にあった側面配置としています。


☆T1959 (新)
DSCF5405_convert_20171027230414.jpg
この車両は前述の電装解除車にあたる1959号車です。
電動車比率が低かった1800系への電動機装備のため、1966年に1900系の中間
電動車2両を付随車化した、と伝えられていますが、当時1900系も電動車が不足
気味だったそうです。 性能的な面から1900系が選ばれたのでしょうが、まさか時の
特急車を電装車不足にしてしまうとは…おそるべし…笑

この車両については屋根上を撮った記録がありませんでしたが、一枚だけ何とか
横から屋根の様子を伺える写真を発見。避雷器やヒューズなどの背の高い機器は
ないものの、ランボードやそこから突き出ている機器や、ひょこひょこと屋根を凸凹
するものを見ることができましたので今回はこのような解釈としました。

T車は電動機がなく床下に点検蓋を設ける必要がないので全席がロマンス
シートとなっていましたが、この車両は元電動車のため車端はロングシートとなって
いました。 そのため妻面窓は電動車仕様の大きい窓となっています。


☆Mc1924 (新)
DSCF5406_convert_20171027230520.jpg
編成大阪寄りに来るのは新造制御電動車の1924です。
このかわいらしい顔にごちゃごちゃしたエアーホースがたまりません。
新造車については生まれ持っての個体差はないようで、奇数車に基づいた加工となっています。
バンパーはHASEGAWAのミラーフィニッシュを使用し、実車通りギラギラしら出来にしてみました。


■編入車と新造車を比べてみる
DSCF5408_convert_20171027230606.jpg

左に編入車、右に新造車を置いてみました。
側面での大きな違いは戸袋窓とウィンドシルの有無でしょうか。

まず戸袋窓ですが、編入車は大きな窓となっていて、ほかの窓と大きさは変わりませんが、
1枚窓となっています。 また保護棒が設けられています。
新造車では小型のHゴム窓になっています。 また保護棒は戸袋窓の部分には設置されて
いません。

次にウィンドシルですが、これは気が付きやすい違いですね。
前述の通り、特急車としてはこの新造1900系からノーシル・ノーヘッダーとなっています。

他にも当然といえば当然ですが、形が異なりますので、雨樋の回しが異なっていますね。

DSCF5413_convert_20171027230754.jpg

次に妻面です。
編入車では縦樋や屋根の曲線に沿った雨樋が設けられているのに対して、新造車では
妻面の雨樋が外に露出しない設計となっていたようです。
編入車の手摺は雨樋を跨ぐようになっているのが、個人的にはそそります。笑


■山側、川側で統一されるパーツ
DSCF5414_convert_20171027230832.jpg
京阪では京都を向いて左手側が川側、右手側が山側とされています。
京阪の車両は整備面での利便を考慮してか、一部のパーツが山川統一されています。

上の写真では左に奇数車、右の偶数車を置いてみました。
固定窓が川側に、また固定窓と同じく川側に昇降手摺が設置されているのがお分かり
頂けると思います。

DSCF5415_convert_20171027230909.jpg

次に運転台側の屋根上を見てみましょう。
1900系はデビュー時は側面に屋根上昇降用のステップが取り付けられており、その延長
線上屋根上に手摺が取り付けられています。
側面ステップについては1960年代後半に撤去されたようですが、屋根上のステップは残
っていました。
このステップについても川側に統一されていました。

以上のことから、屋根上へ昇降するパーツ類は川側に統一されていたのではないか?
という考察ができますね。 実際はどうだったのでしょうか。


■屋根上へのこだわり
DSCF5407_convert_20171027230546.jpg

製品の屋根はたくさんのベンチレーターが敷き詰められていて、これはこれで見ごたえ
があるのですが、実際は中央に1セット配置されたベンチレーターを中心に等間隔に配置
されています。
また製品の間隔ではテレビアンテナ設置個所が実車と矛盾してしまうため、今回は配置を
変え、それに伴いパーツへ交換しました。

DSCF5420_convert_20171027231058.jpg

なお、テレビアンテナを装備するとこのような形に。
製品配置のときよりもゆとりが出て、実車に近づいたかと思います。

今回テレビカーロゴにつきましては、KS-77さまに制作していただいたものを使用しています。
大変恐縮でございますが、この場で御礼申し上げさせていただきます。


■奇数車と偶数車を見比べる
DSCF5417_convert_20171027230947.jpg

まずは編入車です。
なんだか右においた偶数車が歪んで写ってしまっていますね。汗
やはり目立つのはエアーホースですね。
編入車は大きな箱が設けられて、そこからエアーホースが伸びる形になっています。

DSCF5416_convert_20171027230927.jpg
こちらもやっぱりエアーホースが目立ちますね。
…というかそれしか特段変わりありません。笑
正面から見ると目立ちますが、オデコのぴょろんが耳のように見えてかわいいですね。


■1900系特急を華やかに彩る
DSCF5419_convert_20171027231025.jpg

今回もやはり制作しました、副標。笑
今回も着脱式のものとしており、裏は「臨」としています。
前回の600系のものよりも薄型にすることができました。
運転会ごとに異なるものをつけたり、並べたりしたいものですね。


■反省
DSCF5411_convert_20171027230640.jpg

長くなりましたが、最後に今回の反省をしたいと思います。
今回の大失敗は保護棒です。
写真ではわかりませんが、というか仕上げ方に問題がありわからないのですが、
今回割りピンによる固定としてみたのですが、接着剤を適当に流しこんだせいで、
割りピンの姿がみえなくなり、当初はスマートな出来となる予定が、大変不細工な
ものとなってしまいました。

何事も丁寧にということですね。。。

今回がかなりヘビー級なものとなってしまいましたが、無事形になりホッとしています。
かなり面白い形式であり、京阪で一番好きな車両なので、もっと腕を上げて再挑戦
したいと思います。


次は冬…年会だぁ。。。(白目)


それでは。



乗り切れ通勤ラッシュ!京阪電車600系

DSCF5196_convert_20170604155757.jpg

こんにちは。
また少し間が空いてしまいまして申し訳ありません。
生きてるのか~との声が聞こえて聞こえてきそうですが、相変わらず元気です。
いや、そんな心配してくれるような人がいるのか…?(小声)

前回の更新が2月でしたので、随分また季節が変わりましたね。
最近は朝夕の寒暖差をつけるのがお天気の神様のマイブームなようですので、
このブログを読んでくださっている皆様もお身体にはお気をつけてお過ごしください。


■ぼく、おけいはんやりたい!!
今年の1月に京都旅行に行ってから、どうも様子が変なのです…
茶色い電車にばかり目が行っていたのに、緑色の電車にトキメキを感じてしまうのです…
これって…!?

なんと京都に行って京阪に乗ってからというものの、
京阪ばかりが気になってしまうようになってしまったのです。
それまではそこまで興味がなかったのですがね。
そしてあろうことか、興味の対象が昇圧前の京阪になってしまったのです。
多数の魅力的な車両があるため、何を制作しようかと悩んだのですが、
今回600系を制作することにしました。


■通勤ラッシュ対応のために登場した600系という車両
DSCF5184_convert_20170604155248.jpg
まずは実車の解説です。
600系は昭和2年以降に作られた初代600/700系、貴賓車16形の台車、電気部品を流用し、
昭和39~40年にかけて車体を新造して登場した高性能車です。
昭和30年代の高度経済成長期に伴う京阪線沿線の住宅開発により、
当時の京阪線のラッシュ混雑は大変深刻なものとなっていました。
そこで京阪は複々線化や高架化工事を進めていましたが、
これはすぐに完成するものではなく、即効性のある対策が求められていました。
そこで登場するのが、皆様ご存じの2000系スーパーカー(現・2600系)です。
しかし一定の効果はあったものの、稼働編成の全体から見ると微々たるもので、
一定の効果しかありませんでした。
当時の京阪は戦前から京阪神急行時代に製造された車両で、
運輸省規格の車両、また16m級3扉車、2扉車、左右非対称構造の車両など、
整列乗車が全くできないような状況で、乗降に時間を要していました。
(逆にこんな状況でどうやって列車を待っていたのだろうか…滝汗)
以上の状況から、次期更新対象となっていた600/700系の更新に際しては、
京阪線初の本格的な通勤形電車として、昭和32年に新製された制御車1650型の設計を基本とした
18m級の全金属製3扉車体を台枠より新製し、
種車の主要機器と組み合わせる形で更新を実施することとなりました。
つまり新製ではなく、更新という形で登場しております。
-
先ほど少しだけでてきた1650型という車両ですが、
こちらは1300系の相手を務める制御車として作られた車両で
需要が急増した通勤ラッシュの車両不足を補うために作られました。
後に600系に編入されますが、この際に650形(600系付随車)製造のときに余剰
となった電装部品で電動化され、630形となります。
600系の基となった車両ですが、この車両には戸袋窓やウィンドシルがありました。
(600系には戸袋窓やウィンドシルはありません)
-
その後600系は昇圧されるまでの間走り続けました。
編成が自在であり、また各停から急行まで様々な種別に充当されていたようです。
また現役中には中間改造車、700系編入などバリエーションが豊な形式でした。


■なんとかBトレになりました
DSCF5181_convert_20170604155128.jpg
さて、それでは解説に参りましょう。
今回は鉄コレを元に7連で仕上げました。
編成は

京都・三条  大阪・淀屋橋
635-661-688-782-689-659-636

となっております。

特徴は
・両先頭車が630形
・3・5両目は中間改造車680形
・編成中央に700系を混結
という欲張りな編成です。
700系の混結ですが、これは定期的にあったようです。
そもそも2両が編成から余るようになっており(700系は7連固定)、
検査の都合で入れ替わりに入っていたようですが、
700系の1000系化改造の際に固定編成から外れた2両を600系に編入しました。
ですが制作した時代は編入前だったので、700系混結という形になっております。

今回編成全体で行った加工は
・雨樋の張り直し
・保護棒の別パーツ化(M782は除く。理由は後述)
・妻の手摺立体化
・屋根上配管のパイピングと割りピン取り付け
です。

DSCF5200_convert_20170604155824.jpg
少しわかりづらい写真で申し訳ありません。
雨樋はもともとのモールドが控えめでしたので、全車において真鍮角棒で張りなおしています。
少し無骨さが強調されたと思います。

また保護棒は窓パーツに印刷してあったため、窓の印刷を消し、
ボディに真鍮線を差し込んでいます。
保護棒とは何ぞやと。
京阪線天満橋~淀屋橋間は地下線で開業しましたが、
トンネル区間で身体を出せないようにと2段窓下段のところに設置されました。
1900系特急車などにも取り付けられており、
まるで路面電車のようですが、京阪の旧型車のポイントとなっております。
なお、先ほどM782は除くと書きましたが、600系は2段上昇式窓だったものが、
700系では上段下降 下段上昇式窓に変更となっており、
下段の開口面積を小さくしたため保護棒は省略されていたためです。
-
DSCF5188_convert_20170604155445.jpg
妻の手摺ですが、今回新たなことに挑戦しようと取り組んでみました。
細かい作業でしたが、完成後の妻のエロさがたまりません。
-
DSCF5185_convert_20170604155320.jpg
屋根上についてですが、製品ですと630形は偶数向き車両用の屋根となっております。
600系/700系のMc車全体にいえることなのですが、車体全体に渡って設置されている配管の
お尻の向きは山側、ヒューズボックスの位置は川側と編成で統一されています。
鉄コレ製品ではMc600とMc700の屋根で互換性があり、
またそれぞれ奇偶で違うものがセットされた状態で入っているため、
2種を買って交換すれば済む話ですが(というかどっちも封入しておいてほしい)、
Mc630は偶数向き屋根しか入っていません。
このままでは違和感が出てしまうため、屋根上配管、ヒューズボックス付近は
パイピングで作り直しました。
なお、パンタ付近は不明のためそのままになっております。
また鉄コレ製品の配管は、模型で言う割りピンのような留め具のモールドが
ないので、モールドの配管に合わせて割りピンを刺しました。

それでは各型式ごとに解説です。

☆Mc635/Mc636
DSCF5182_convert_20170604195404.jpg
この2両は630形なので、元1650型です。(念のため)
側面いっぱいに敷き詰められた窓と丸妻が特徴です。
幌の緑っぽいグレーが良い感じですね。
加工点は
・エアーホースの設置
・ヘッドライト上部の手摺追加
・標識灯のレンズ交換
・運行標識掛け取り付け
・ワイパー別パーツ化とそれに伴う窓交換
・ウィンドシル復元
です。

DSCF5183_convert_20170604155216.jpg
偶数車右側にあるエアーホース(写真では正面から見ているので左側)ですが、
636号車のみ箱状のものから生えているような形となっております。
DSCF5192_convert_20170604155630.jpg
パッケージに使われている車両は634号車なのですが、こちらは一般的なタイプのため、
ボディにあるジャンパ栓から生えています(わかりづらくて申し訳ありません)。
正直私はこちらの多数派のほうが好きです。笑
今回作りたい編成の制御電装車が636だったので…でもそんな変態な君が好き()

-
ヘッドライト上部の手摺はパッケージを見ていて気が付きました。
あまりにもセクシーだったため再現しました。
-
標識灯につきましては、製品のままだと突起の先にお椀をつけたよな形状で
実車とは異なっていましたので、
丸くお椀のようになっている部分を削り、ピンバイスで穴あけした上に
ライトレンズのパーツを差し込んでおります。
ちょうどよいサイズのものがあったので買ってきて差し込んでみたら、
レンズの先も丸くなっていたので元の形状に戻ってしまいましたので、
裏側から差し込むことで、実車に近い再現としております。
-
ワイパー別パーツ化に伴う窓交換ですが、
あまりコンパウンド磨きが上手でないので、今回はbona製の他形式の前面窓に交換しました。
勘で買ったらピッタリでした。笑
毎日のように顔を眺めていましたから。滝汗
-
今回切り継ぎ後に継跡を消した際にウィンドシルが余計に削れてしまったりしたので、
プラ板で作りなおしています。
元のモールドも控えめでしたので、無骨さが強調され満足しております。

DSCF5186_convert_20170604155354.jpg
丸妻の手摺、ウィンドシル、保護棒、配管となかなかエッチなお尻をしていますね。(キモイ)

☆T661/T659
DSCF5187_convert_20170604155419.jpg
純粋な600系の中間車です。
特に大きな加工はしていませんし、またT車なので特に特徴もありませんね。笑
強いていうなれば、ジオマトのインレタにこの両車の車番がはいっていなかったため
継ぎはいだということぐらいでしょうか。笑

M782
DSCF5189_convert_20170604155512.jpg
上記650形との比較をしたいので先に紹介いたします。
700系電動車の780形です。
普通のパンタ車じゃん、というところなのですが、
700系の電動車には入れ替え運転台がありましたのでその点を再現しております。
DSCF5190_convert_20170604155536.jpg
600系と共通金型のため再現されていませんでしたが、
プラ板と前照灯パーツにより再現しました。
よいアクセントですね。

パンタ周りにつきましては割りピン刺しでごちゃごちゃ感を出しました。
どうやら妻に配管は回っていなかったようなので、その他は加工していません。
-
DSCF5191_convert_20170604155602.jpg
先ほど少し触れましたが700系には窓機構の関係で保護棒が省略されていました。
かなりスッキリしているのがお分かりかと思います。

ここでサイドビューが出たので触れますと、
実は600/700共に妻寄り窓も扉間の窓も大きさは同じでした。
今回Bトレ化に伴いまして、妻寄りの窓は両端を削っています。
少し違和感の出るところかもしれませんが、私自身は気に入っています。


Mo668/689
DSCF5193_convert_20170604155656.jpg
630形の中間改造車680形です。
一般の680形は5両しかいなかったため、そこに連番となるように付番されています。

680形中間改造車の特徴は
・標識灯
・運行標識掛け
・前面車番
・ワイパー
・乗務員室扉の手摺、取っ手
の撤去です。
DSCF5195_convert_20170604155728.jpg
並べてみると違いがよくわかりますね。
かなりスッキリしており、630形のかわいさが消えてしまっています。涙

DSCF5201_convert_20170604160130.jpg
乗務員室扉もかなりスッキリしていますね。(奥は未加工車)
今回はあまりきれいにできませんでしたが、
京阪の運転台撤去車では他形式でも実施されている伝統の加工のようですので、
今回の経験を元に次回は更にきれいに仕上げられるように頑張ります。

上記の実車同様の加工のほかはMc630と同じ内容となっております。


■運行標識は変えたいモノだよね!?
DSCF5202_convert_20170604192246.jpg
題名の通りでございます。笑
運行標識掛けは機関車用ヘッドマークステイを使いましたが、
今回そこに刺さるようにプラ板を加工し作ってみました。
京阪ではこの運行標識のことを角板(カクバン)、円板(エンバン)というそうですが、
それぞれ1種2枚ずつ、裏表で作ってみました。
この裏表のデザインは実車とは異なっており、完全に私の好みでございますが、
やはり運行標識を変えられるというもは楽しいものです。
これから増やしていこうと思います。


-

さて今回も長くなってしまいましたが如何だったでしょうか。
新たに始めてみた加工もあり戸惑った場面もありましたが、
とても良い勉強になりました。
おけいはんの昇圧前フレンズはこれからも増やしていきたいところです。
それでは。




プロフィール

ほつ太朗[家]

Author:ほつ太朗[家]
中央東線、ロクヨン、ゴハチ、名鉄、近鉄を中心に制作。
Bトレでどこまで実車に迫れるか格闘中(たぶん)
細かい作業は苦手です。
ゆるくやっていきますよ。

Bトレサークル、GRAND CHARIOT所属。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

FC2カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。